奥多摩新四国88ヶ所霊場 p2
52番・吾庵山 金乗院は、武蔵野33観音と狭山33観音の札所も兼ねる。
左の。プレイグベルは、本堂の四方壁面に108あり、手で回しながら願い事を唱え、回廊を一巡する。
◆左は、日原燕岩と燕岩洞門で、洞門は2018年10月に開通した。かつて鍾乳洞入口から先が落石のため、通行禁止となっていたが、これで先の籠岩まで行く事が可能となった。そこから先は車止めがあり、森林関係者のみとなっている。石仏は、車止めの岩側の上にある。
◆右は、籠岩の一角に安置されている12番と61番の石仏である。
洞門をぬけて100mほど先の川側に、鍾乳洞見学者用の駐車場があり、その山側にそそり立つのが籠岩で、その奥側の石で組まれた高台に12番と61番の石仏は安置されている。石仏は全体に劣化している。前側の石仏12番の奥には奥多摩12番の標石が立つがその後ろの61番用の標石は見当たらない。
◆朱印は鍾乳洞入口受付で、12番、61番と鍾乳洞内に安置の30番の3つを管理している。
(2018/ 11)
◆左は、本尊が寺院に安置されている
場合に頂く寺印で、この場合、5番の
西勝院の寺印。
◆すぐ右は、霊山寺の右側に「羽村
小山家」とそえ字が。その右は、寺印
の左下に「写」という文字がある。
また、一番右の永昌院の寺印は、
「志度寺写」とある。
◆このような印は、本尊が在家にあるか昔在家だった
場合で、寺院ではないので、その番号の四国の寺院の
写しという事で「写」が入っている印が用意されたのである。
◆また在家等の朱印は、自分で押す場合も多々あるので、その折に、印を見れば「写」が確認できたり、目詰まりや「写」が欠けた感じのある印もあったりで、この奥多摩札所の特徴の一つとして見る事が出来よう。 (2010/8/13)
【奥多摩札所の朱印について一口メモ】
◆屋根付きのお堂に安置されている44番・明光寺の石仏には、花がたむけられている。左は弘法大師、右は十一面観音。
◆しかし2009年9月には境内改装に伴い、この大師堂も新しくなった。(写真は改装前)
15番・萬貴山 常福寺は、関東91薬師8番の札所を兼務する。11月上旬には境内の太子堂(聖徳太子像を安置)で太子祭が開かれ、都内や他県からも大勢の参拝者が集まる。
平成25〜6年頃まで天覧山に安置されていた45番の石仏。
左・弘法大師 右・不動明王。
◆59番・観音寺は、通称:塩船観音の名でつつじの名所としても有名…。関東88ヵ所72番の札所を兼務する。
◆枝垂れ桜が見事な54番・金剛寺。境内の枝垂れ桜の方が有名だが、それはすでに葉桜になっている。多摩新四国88ヶ所47番も兼ねる。
◆44番・明光寺。圏央道日高・狭山ICの南側にあり、周辺には狭山茶畑がある。
60番・大光寺
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番外・十夜橋
50番・宝泉寺
48番・三ツ井戸大師
47番・宝玉院
46番・東光寺
59番・観音寺
56番・清泰寺
51番・石倉院
◆7番 宝光寺。飯能市上畑地区にあり、通常無住で、本堂左手の地蔵堂内に石仏を安置。朱印は64番の観音寺で。
◆左は、大師堂への登り口。朱印所(小林商店)のそばにある階段の上にある祠の脇を登って行く。ほとんど道なき急斜面を登る難所で、まずは一見して二の足を踏む。
◆右は、難所を登った所にある81番の大師堂。大徳院と言っても別に寺院がある訳ではない。
大徳院とは、開創した武田家の菩提寺である東京・墨田区両国の大徳院が、ここに81番を安置した事に由来する。ちょうど鳩ノ巣トンネルの上に位置する。(2010/7/29更新)
【81番・大徳院-奥多摩町 棚沢】
【50番・宝泉寺−所沢市北岩岡】
◆左は、堂内に安置されトップライトに照らし出されている50番の本尊。
◆右は、昔の本堂がリニューアルされ、新しい奥多摩札所の大師堂となった。手洗所も完備。
(2010/7/22)
◆左は、飯能市の名所、岩井堂観音で、その右側にあるのが63番を安置する大師堂。開創当時、石仏は露座だったが昭和36年10月、篤信家によりこの大師堂が寄進された。
◆右は、大師堂に向かう途中の崖に沿った険しい登り道。
県道195号より案内板に従い階段を降り、下に成木川を見ながら今度は左回りに登っていくが、この先さらにせまく足場は悪くなる。
(2010/7/28)
【63番・岩井堂観音−飯能市岩渕】