札所31番の如意輪堂
◆写真右は31番の如意輪堂で、日高市高岡地区にある。左の道は通称:カワセミ街道と呼ばれており、20mほど先の左側の岡野宅前の坂を下りた井上宅で朱印を管理。お堂前には真新しい回向柱が立っているが5月24,25日に12年に一度の午年のご開帳で勝音寺が来て護摩供養が行われた。因みに勝音寺とは、札所30番と武蔵野33観音27番の寺院である。◆写真上は、お堂の東側の石垣に群生するマツバギク。2023.5

◆5番・宝蔵寺の管理を行っている熊谷市小八林(こやつばやし)にある八林山 大福寺で曹洞宗の寺院である。写真右は、その本堂左手にある神輿蔵である。寺の北側には土手があり荒川が流れている。
◆通常、高麗坂東の朱印は、宝蔵寺北側にある小峰宅に、差し替えや朱印が用意されているが、手書き納経の場合、墨書きのみは大福寺に伺い書いて頂く事になる。宝蔵寺から約25km強はあるが旅の一環と思えば、それもご縁であろうか。2015.12
大福寺は、国道407号の東平から県道66号に進み、荒川の手前にある。

  
◆2012年秋に金亀館の標札が新しいものになった。右の古い標札は、廃寺になったときに作られた墨書きのもの。しかし新しいものが作られた時、他の廃材と一緒に燃やされたとか。2013. 5.2
◆24番の長福寺は、明治期の廃仏毀釈で廃寺。写真上は跡地に建てられた建物で昭和初期まで守人がいたが、他界後、建物はそのままに屋根や雨戸などを直し自治会館(金亀館)として使用されている。中には今も本尊が安置されている。なお、朱印は南側の川沿いにある鈴木鉄工所宅で管理。飯能市 原市場。
【写真左】は狭山市根岸の明光寺本堂で、廃寺となった長福寺の部材が、いかだに組まれて名栗川を笹井地区迄下り明光寺として使われている。2015.12


◆番外・赤沢辻堂は、県道70号線沿いの飯能市赤沢地区の本道より一本奥に入った細道の辻のところに建つ。
◆毎年5月5日にお堂が開き、本尊・子育聖観世音菩薩を開帳し、25番・金錫寺が来て子育て祈願が行われる。地元に根差した祭りであり老若男女が集う。飯能市赤沢。なお、高麗坂東の朱印は辻堂北側の森宅で管理。 2013. 5. 5


◆明治初期に巡拝した時の朱印帳の一部。

◆和紙で袋とじになっており、開いた瞬間、強い墨の匂いが一気に鼻をつき、何とも言えぬ時代の流れと重さが感じられた。

◆墨書きや寺院の縁起などは、数人の書き手により一冊づつ手書きで書かれており、あとは巡拝の時、朱印を頂くだけとなっている。
写真は、正福寺近くのお宅に残されていたものを一部撮影。このお宅も輪番制で33番の朱印を管理する事もあるという。
日高市猿田 2009.11.3
札所33番の正福寺。 札所1番の千日堂、
現在の智観寺。

◆お堂に掲げてある扁額には、
 「高麗郡十一番 善道寺
  いく千世を まつ井 久しく よしみちや
  今も御法乃 誓いあらたに」
    というご詠歌が書かれている。
【写真上】江戸末期から昭和初期の頃まで11番札所だったという善道寺。この地主の持ち寺で当時二代に渡り札所が続いたが、その後朱印等は円照寺に移管された。寺は今も敷地の一角にひっそりと佇んでいる。
丁度、能仁寺と本郷自治会館(元・西伝寺)の中間ぐらいに位置する。飯能市飯能。
【写真左】堂内に安置されている観音さま? (一説には釈迦如来とも…)地元では、毎年4月中旬の土日だけご開帳され、ご近所参拝者たちに草もちを振舞う習慣があるそうで、俗に「草もち観音」と呼ばれている。

朱印:1番 〜 6番
智観寺 宝蔵寺 円泉寺 普門寺 宝蔵寺 常円寺

朱印:7番 〜 12番
長徳寺 秀常寺 浄心寺 観音寺 円照寺 西伝寺

朱印:13番 〜 18番
能仁寺 萬福寺 廣渡寺 長泉寺 寳泉寺 岩下堂

朱印:19番 〜 24番
西光寺 原市場辻堂 医王寺 唐竹観音堂 日影辻堂 金亀館

朱印:25番 〜 30番
金錫寺 野口辻堂 長念寺 瀧泉寺 長寿寺 勝音寺

朱印:31番〜33番
如意輪堂 法恩寺 正福寺
◆28番・瀧泉寺の金剛界曼荼羅

朱印:番 外 札 所

   −ワンポイント−

◆ご朱印を頂くと、墨書には本尊の観音名以外が書かれていることがあります。
この札所の場合、「大悲殿」「圓通殿」「願王殿」などは、みな観音さまが安置されている建物を指すようです。

◆頂いたご朱印も、少し見方を変えるといろいろな事が見えて来るものです。
◆また、観世音菩薩は圓通大師とも言われていることから、「圓通殿」というのも分かるかと思います。
◆12番と13番は、本尊が観音さまではない。
話しによると本尊の観音が焼けたりして、無いのもあり、上位の仏さまを墨書きしたとの事である。
◆明治にあった飯能戦争の折、能仁寺が陣地になり、その戦いの時に寺と共に焼失したともいう。
赤沢辻堂 霊巌寺

− 御 詠 歌 −
札 所   参照 : 浄心寺の高麗坂東巡礼冊子、一部は「広報はんのう」誌S53〜の昔の飯能から
智 観 寺  濁らじな 神の台(うてな)の水の面影を写せる 人の心よ
宝 蔵 寺  花すすき 道の行く手になびくかな 露も宝の玉と 見るまで
円 泉 寺  吹く風の 音静かなる 泉寺(いずみでら) 千代も絶えせぬ 村の松ヶ枝
普 門 寺  頼めただ 道踏み分けて 川崎や 普(あまね)き門(かど)の 深き誓いを
宝 蔵 寺  野辺の露 たどる程なき 宝寺 います仏の 光あふれて
常 円 寺  馬引沢 道踏み分けて 往きかえる 幾世の人の 身を救うらん 
長 徳 寺  朝露を 分けゆくはやて 長(なが)徳寺 漏らさず袖に かかる白露
秀 常 寺  青柳の 糸もてつなぐ 露の玉 たれからもらさん 法の(のり)誓いを
浄 心 寺  なべて世の 願いを満てし 諸人の 心豊かに 年や経ぬらん
10 観 音 寺  法(のり)の音 幾世絶えせず 仰ぐらん 百(もも)の願いの 人の心に
11 円 照 寺  幾千代も 松井久しく 善道や 今も御法(みのり)の 誓い新たに (昔11番・善道寺の歌)
12 西 伝 寺  早戸沢 幾瀬を越して ゆく人の 身には積もれる 罪も消えなん (西伝寺は13番に合祀)
13 能 仁 寺  遠近(おちこち)の 山路を越えて 多峰主(とうのす)の 六つの巷に 塵もあらじな
14 萬 福 寺  万代(よろずよ)の 末も永田の 障りなく 御法(みのり)の道は 永く栄えん
15 広 渡 寺  幾千代も 結ぶ限りは 小岩井の 深さ知られぬ 谷の清水に
16 長 泉 寺  誰も見よ 影をうつして 松が枝の そこひ知られぬ 長泉(ながいずみ)とは
17 寳 泉 寺  何処とも 湧きて知られぬ 宝泉の 清き流れを 今日も汲み見ん
18 岩 下 堂  世の憂きを 忘れて末を 小瀬戸山 行き来つきせぬ 遠の村々
19 西 光 寺  うつし見る 庵(いお)の泉の 常に澄む 御法(みのり)の月の 影さやかなり
20 原市場辻堂  踏み分けて いつしかここに 原市場 法(のり)の教えは 末も迷わじ
21 医 王 寺  幾年を ここに経ぬらん 石蔵や 今に御筋の 誓い尽きせじ
22 唐竹 辻堂  朝な朝 置き沿う露の もろき身は 今日唐竹の 世を厭(いと)わなん (昔22番・長福寺は廃寺)
23 日影 辻堂  日影なる 辻の御堂の法(のり)の庭 見てもちり添うる 花の蓮葉(はちすば)
24 金 亀 館  変わらじな 幾世を経ても 金山の 大慈大悲の 深き誓いを (昔24番・宝勝寺は廃寺)
25 金 錫 寺  野ヶ崎の 行き来絶えせぬ 円通の 恵みに洩るる 人はあらじな (昔25番・円通寺の歌)
26 野口 辻堂  野分けゆく 道の行く手の 辻御堂 仰ぐ御筋の 誓い新たに
27 長 念 寺  長月を 念(おも)う白子の 観世音 幾世尽きせぬ 法(のり)の標(しる)べに
28 瀧 泉 寺  水上は などかはからん 瀧泉の 千々の御手(おんて)に 救う誓いは
29 長 寿 寺  本宿(もとじゅく)の 今ぞ至らん 長寿寺 います仏に 身を委せなば
30 勝 音 寺  峰尊(みねとう)の 法(のり)の松風 勝音の 調べ絶えせぬ ことぞうれしき
31 如意輪堂  聞き伝う 名ぞ高岡の 仏かな 法(のり)の誓いの 多き中にも
32 聖 天 院  法恩や 新井の水の 清ければ 後の世かけて 心すすがん (昔32番・法恩寺の歌)
33 正 福 寺  諸人の 願う心に 影添えて 盛りに富める 道を与えん
外1 赤沢 辻堂  −
外2 霊 巌 寺  箕の輪とぞ 清き流れに 恵まれて 大和ほとけの ゆかりうれしき