札所7番・萬年山 長泉寺 (杉並区 上高井戸)

観音堂内に奉納されている、今は貴重な京王観音講のご詠歌扁額
本堂工事中のため仮設の覆いがされている本堂そばの観音堂

境内の池の奥に建つ観音堂


26番・梅洞寺に咲くカンパニュラ
備  考
   【札所巡拝中に取材した中から紹介します】
◆昭和18年に開創を見た京王観音講は、7周年の時記念大法要を行ったが、その際に出された霊場案内略図と、この昭和31年に発行された御詠歌に付属の案内略図とで、何ヶ寺かの違いがある。
 →7周年(昭和25年)の時の案内では、
  28番・大義寺、 30番・禅東院、 31番・金剛院だが、
 →昭和31年の御詠歌本では、
  28番・禅東院、 30番・金剛院、 31番・直入院となっている。
 
 また、平成元年発行の「江戸・東京札所事典」では御詠歌本と同じ番号が紹介されている。
 一箇所が違うならば単純ミスとも思えるが、おそらく7周年以降に大義寺が札所を辞退し、その分2ヶ寺が繰り上がり、31番に直入院が入ったと思われる。ちなみに、御詠歌本に掲載の3ヶ寺はみな「八王子33観音」の札所でもある。
 さらにこの時期、直入院は帰西寺(きさいじ)と蓮生院という2つの寺院が合併間もない頃であった。今は住職の代も変わり、観音講に関するものは残されていないようである。

◆観音講は、御詠歌本が出されたのを機に、昭和30年代〜40年代後半にかけ、講元が先達となり、毎年5月の休みの時期に、信仰家たちを引き連れ5〜6ヶ寺の札所を巡礼していた。
 巡拝の主な目的は参拝と御詠歌奉詠で、納経はなかったようである。しかもその年に巡拝予定の寺院には、予め葉書で通知を出していたそうである。

 昭和40年代半ばに講元の鈴木氏が他界し、その後は奥さんが引き続き先達となり、信仰家たちを連れて毎年5月の巡礼を続けていたが、昭和49年5月の巡礼を最後に以後は巡礼者が来なくなったようである。また、巡礼に来寺した時の写真が残されているという寺院もあるようだが、未整理のため不明という。

◆この札所は、武蔵野33観音(西武鉄道)や東(あずま)33観音(京成電車)のように、鉄道会社が観音巡りをPRした訳でなかったので、先達者なき後の巡礼者もなく、ましてや一般巡礼者もほとんどいなかった事もあり急速に衰退していったのである。

    ● 武蔵野33観音巡りでは、現在でも10年ごとにご開帳があり、西武鉄道で
     PRされ札所は機能している。
    ● 東33観音巡りでは、かつて京成電車が上野からの東三十三所巡り用の
     大型巡拝乗車券を発行していた時期があった。(当時1枚 金80銭)。
     また、番号印がある寺院ではご朱印可。
    ● 小田急沿線武相33観音巡りでは、何ヶ所の寺院で番号印が残されていて
     ご朱印可。また、札所24番・小田原の玉宝寺のHPでは、当時の御詠歌つづ
     りが紹介されている。

◆京王観音は、観音講という事で開創当初、各寺院に何かしらの観世音菩薩があったのであろう。しかし途中、戦争による焼失、移動、盗難、消失などで観音さまが無い札所もある。そして札所巡礼者もほとんどいない時期が続き、さらに寺院でも札所の世代引継ぎがされていない例が多い事から、京王観音札所を、過ぎた時代の事…とされる場合もある。

 ただ、図書館の書物やネットにより京王観音を巡るとしても、元々京王33観音霊場としての番号印やご朱印は整備されていないので、ご朱印を期待しての巡礼はかえって寺院に失礼になる事もあります。従って、納経の際に本尊が観音以外であっても、書いて頂ければ感謝とするのが寛容ですね。
京王観音講 概略
イメージ
京王観音 札所探訪

◆【写真上】 観音堂内に奉納されている京王観音講第七番霊場
のご詠歌扁額(平成期の住職の筆とか)で、今のところほかの
札所寺院では見当たらない
※「よろづよの恵みも深き長泉寺 くみて味わう 人の尊き」とある。


            ◆【写真右】 札所7番・長泉寺の観音堂で、本堂工事中のため仮設の覆いが
            されていて、中には多種の仏さまが安置されている。2011/9

    ◆【写真上】 本堂右手の池の奥にある観音堂で、周囲は
    ツツジ、アジサイ、アヤメ、桜などいろいろな花に囲まれて
    おり、それらの時期には多くの参拝者が訪れ賑わう。

◆【写真左】 境内の駐車場に建つ真覚寺の標石で、第28世住職50周年
を記念して建てられた。側面には「多摩新四国88ヶ所71番」、「武相観音
22番」、「八王子観音22番」、「京王観音32番」の文字があり、これらの
札所を兼務している事が分かる。

札所32番・常光山 真覚寺 (八王子市 散田町)

参道入口に建っている'京王観音第32番'を含む標石柱
京王観音講 四方山話

札所11番・大悲山 明照院 (調布市 入間町)

◆写真左は、札所11番・大悲山 明照院の境内にある観音堂。通称:「入間観音」として地域で親しまれている。


◆写真右は、観音堂脇に建つ札所を表す標石碑で、多摩川18番、京王11番と記してある。
 このように、京王観音の名が寺院に残されているのは、数少ない。


11番・明照院観音堂前にある観音札所の石柱
札所11番・調布市入間町の明照院の観音堂
19番・妙光院に咲く八重のアジサイ

◆写真は、京王観音御詠歌の本で、ハガキより少し小さい目で、携帯に便利なサイズである。末尾に下の略図がついている。
◆発行は、昭和31年3月21日で京王帝都電鉄株式会社寄贈であるが、3月21日とは弘法大師入寂の日である。

◆この御詠歌の第一詠は、
 「水清き多摩の流れに沿ふて立つ
  札所ふだしょを巡り拝まむ」

◆京王33観音霊場は、昭和18年、篤信家であった鈴木重孝氏が講元となり京王観音講を発願したようである。
◆昭和25年10月、開創7周年行事を催し、その時、記念大法要が深大寺、高幡不動、薬王院でそれぞれ営まれた。
<取材した資料による>

昭和31年3月21日に発行された御詠歌本

◆札所巡りと言えば、京王線で、「京王沿線三古刹めぐり」というのが、2011年6月1日から8月31日まで催されていた。三古刹とは高尾山・高幡不動・深大寺で、ちょうど京王観音 五大霊場の1・3・5番と同じ寺院である。

札所26番・金湯山 梅洞寺 (八王子市 打越町)

26番・臨済宗の梅洞寺
◆写真左は、八王子市打越町の梅洞寺境内に今も立っている京王観音講 第26番の標石碑。

◆写真右は、札所26番・臨済宗の梅洞寺と境内に咲く満開のしだれ桜。

◆京王観音札所を巡拝する時には、このように霊場石碑や京王観音講御詠歌の扁額が残っている事があるので、それらも探策しながらのんびりと巡拝しては如何でしょう。
 時には寺院の方から思わぬ札所のお話が聞けるかも知れません。

 また、この京王観音講は、元来納経する形態ではなかったので、ご朱印をお願いしても、朱印を辞退される場合や、観世音菩薩以外の本尊を書いて頂く事もあるので、そこは何事もご縁と考えることが寛容です。まさにマニアックな札所ですね。2011/7
八王子の梅洞寺境内に今もある京王観音講26番の石碑

◆略図は、昭和31年発行当時のもので、今の駅名とは違っている箇所もある。

◆写真は、左から高尾山 薬王院、高幡山 金剛寺、浮岳山 深大寺。
昭和25年11月、これらの寺院は
それぞれ京王観音創設7周年記念大法要を行った。

五大霊場の1番・調布市の深大寺
五大霊場3番・日野市の高幡不動
五大霊場5番・高尾山 薬王院
京王観音霊場案内略図-S31年
京王観音霊場案内略図-S31年
京王観音霊場案内略図-S31年

◆【写真上】 境内に安置されている聖観世音菩薩で、最近、観音講の信仰家により「のぼり旗」が奉納された。
 観音講と言っても京王観音講ではなく…この清岸寺の幡ヶ谷観音の講だという。しかし「京王観音第二番札
 所」ののぼりも奉納されている。

        ◆【写真右】 甲州街道の笹塚駅前を北に進むと、右手に清岸寺の上り参道が見えてくる。
             その入口に建つ約3m以上ある京王観音霊場弐番の標石。 

2番・清岸寺境内に安置されている聖観音
参道入口に建っている'京王観音第二番'の標石柱

札所2番・法界山 清岸寺 (渋谷区 幡ヶ谷)