◆関東地方に点在する ぼけ封じ関東三十三観音霊場と御朱印を紹介しています。<p4/5> 札所22番〜28番
【写真上】は22番・円満寺と「熊埜山」の扁額。開基は1580年頃とされ、本尊の不動明王は小山厄除不動尊と称し、境内の大ケヤキは小山市の文化財指定と云う。
【写真右】は、山門とそばに咲くサクラで直ぐ後ろに白のサクラも咲いており見比べるも良い。左は、住職の書と画家の奥さんの画によるもの。交通は国道50号・岩舟小山バイパスの下河原田を北に進み小学校の隣りに建つ。












【写真上】は23番・光明寺と「宝珠山」の扁額。本堂前に六地蔵尊や宝篋印塔、宝歴地蔵が並ぶ。縁起によれば、江戸期に将軍家日光参拝のおり、御成街道沿いの当寺が休憩所であったと云う。
【写真右】は光明寺山門で、竜宮門式で二階は鐘楼堂となり、両側は竹に囲まれる。また、寺宝の薬師如来は通称:桜本薬師としても知られ、毎年11/8が縁日となる。寺は関東91薬師57番も兼務する。宇都宮ICから2kmとアクセスも良い。













【写真上】は24番・龍泉寺と寺名の扁額。前庭に蓮花用の鉢が並び、右手は朱印所となる。
【写真右】は、朱塗りの仁王門と門前に立つ「照千一隅」の標石。寺は県道67号沿いの助戸1丁目にあり、本堂地下の美術館には、足利尊氏画や棟方志功版画も収蔵展示されている。また市内は足利学校、足利氏跡や鑁阿寺(関東88-16番)など見所が多く市内散策も楽しい。寺の南側には渡良瀬川が横たわる。写真左のボケ封じ観音は観音堂前に立ち金色をしている。













【写真上】は25番・宗源寺と「日照山」の扁額。本尊は白衣観音で1700年代、清国の作品と云う。縁起によると明治期に足利公の隠居寺であった宗源寺を西那須野に迎えた事に発するとある。
【写真右】は、二層式の山門で下に仁王像が立ち、二階は鐘楼堂になっている。写真左は、ぼけ封じ観音で本堂前の右手に奉安され、水色の奉納幡が立つ。隣りの聖観音は「洗い観音」と称し、布で患部洗って祈願するもの。寺は西那須野駅から北に約300mと近い。













【写真上】は26番・如意輪寺と「甘露法雨」の書扁額。本堂前のテントは、ちょうど年に一度の施餓鬼会の為で、本堂内にも大勢の檀家が集まっていた。右手に庫裡、手前には五重石塔が立つ。 
【写真右】は、広い駐車場の奥に建つ大きな長屋敷門で「如意輪寺」の大きな扁額が掛かる。前には六地蔵尊が安置。寺はひがしのもり保育園や大宮幼稚園を併設し、寺への目印となる。南側の県道44号を西に進むと東武線の新栃木駅へと続く。















【写真上】は27番・観音寺と寺名の扁額。本堂正面の幕は智山派の桔梗紋が見れる。縁起によれば大同年間(808年頃)の開創で、本尊は大日如来で大仏師の作を安置する。
【写真右】は、本堂右手に建つ朱塗りの観音堂で、聖観音木像は鎌倉期の作とされる。前には、芳賀秩父34観音13番の札所の標札が立ち、大正時代の開創とされるが、今はあまり機能していないようである。 寺の東側には五行川が流れており、真岡市を通り小貝川と合流する。


















【写真上】は28番・常光院と「龍智山」の扁額。本堂は大きな茅葺屋根が特徴で天台宗別格本山である。縁起では1192年の開基で、地元の中条氏菩提寺として先祖は藤原鎌足まで遡る。木々に囲まれた境内は緑豊かで、左手奥の散策路にはぼけ封じ観音や武蔵国十三佛像が奉安されている。
【写真右】は、山門で両脇には石灯籠が鎮座。左図は、山門に面した通り沿いに堀割りがあり、堤にツツジが植えられ、花の時期の参拝も良い。