◆ときがわ町から、鳩山町や越生町に点在する入比坂東33所観音霊場と御詠歌を紹介しています。<15番〜21番>
◆【御詠歌】 とくはやく 大慈の御手にかけよ人 一言にさへ かなふ願ひを
          <ときがわ町 ひと市>
 【写真上】は15番の龍蔵寺で曹洞宗の寺院である。本尊は珍しい白衣観音。県道172号のひと市にあり、町役場からも近い。通常無住で越生町龍ヶ谷の龍穏寺が管理する。また龍穏寺は関東108地蔵の12番札所である。また龍蔵寺境内には大きな百日紅の木があり長く開花を楽しめる。【写真左】は境内に祀られた昭和期からの忠魂碑である。左のご朱印は、印は無いがご好意で墨書きを頂いた。

◆【御詠歌】 薬王の 山は東に光ります 二世安楽の 教えたかしも
           <鳩山町 竹本地区>
 【写真上】は真言宗の東光寺である。法流の祖を境智と云い宝暦10年に化すとされる。県道171号の竹本地区にあり、道路から少し北に上がった高台にあり日当たりが良い。通常無住で越生町の法恩寺で管理と朱印を行う。当寺は17番の地蔵堂から北に数百mと近い所にある。通りを東に進むと18番の金沢寺に行く。【写真左】は境内から見渡す景色で、遠くは秩父連山を望む。

◆【御詠歌】 七宝の 御法りの珠の泉井より 七難さけて あたふ七福
           <鳩山町 泉井地区>
 【写真上】は宝泉寺跡に建つ地蔵堂。江戸末期まで堂の後ろの方に寺や屋敷があったが明治の廃仏毀釈で廃寺となった。小屋の中には札所順路板があり、ここが17番だった事が伺える。
 【写真左】は地蔵堂前に広がる田園風景と、町内循環バス・亀井コースのバス停で「宝泉寺地蔵前」とあるが、近年利用者減少で空気を運ぶとされ廃止。H24年4月よりデマンド交通式に移行した。

◆【御詠歌】 万病を のぞく薬はくめやくめ 志津そふむろの 金沢の水
             <鳩山町 泉井>
 【写真上】は18番の金澤寺で曹洞宗の寺院である。創建時は坂東9番・天台宗の慈光寺の末寺であったが、後に曹洞宗の龍穏寺の末寺となり今日に至る。本堂前に上がる石段の下にはイボ地蔵の石仏と共に18番の札所順路板があったがH28年には無い。また、秋には本堂前の大銀杏が色づき紅葉の見頃となる。【写真左】の鐘楼の天井には曼荼羅のように観音さまなどの仏画が升目ごとに描かれている。

◆【御詠歌】 秘密せし 無いしやう住の御蔵より 法りの宝を 与えへこそすれ
           <鳩山町 赤沼地区>
 【写真上】は密蔵院跡に建つ地蔵堂と庚申塔。県道171号の金沢寺から2kmほど南下すると、県道の東側に19番、西側に20番が点在する。高台を通る県道から東側の脇道に入ると、見下ろすように広い畑の中にぽつんとお堂が確認出来る。またお堂周辺にはこんもりとした森【写真左】も残されている。この密蔵院は、かつて越生町の法恩寺の末で本尊は大日。開山は権大僧都栄瑜とされる。

◆【御詠歌】 御法り説く いの木がもとの榎木山 しだれさくらの 花をかさして
            <鳩山町 小用地区>
 【写真上】は寺跡に建つ20番の観音堂で鳩山町小用(こよう)地区にある。地域の人たちにより、何時もきれいに整備されている。ここ福寿寺も廃仏毀釈のあおりを受け廃寺となった。当時は本山修験宗の寺であった。
 【写真左】はお堂の左奥に建っている寺の表示板と札所順路板で、山号が恵日山や榎木山とあるが詳細は不明。お堂には扁額があったがH28年現在は無い。


H28年現在、左側の表示板は更に朽ち果て、右の順路板は無い。
◆【御詠歌】 有難や きり雲はれて明けあぐる 誓ひも高き 山ぞかがやく
              <越生町 成瀬>
 【写真上】は弘法山 観世音と呼ばれている。本堂には御詠歌額が掛けてあり、それには奥院・妙見寺とある事から22番・見正寺の奥ノ院となる。【写真左】この階段を上ると本堂下の広場に着きさらに石段を上りやっと本堂前にたどり着く。また、その広場から別に下る細い道があり下ると22番見正寺に出る。以前は住職がいたが無住となり、今は仏事の時に川越から僧侶が来るという。


弘法山への切通しの上り参道で、木の階段も長年の風雨に侵食され朽ちている。