入比坂東三十三所観音霊場
◆ときがわ町から、鳩山町や越生町に点在する入比坂東33所観音霊場と御詠歌を紹介しています。<22番〜28番>
22番・聖観世音
24番・聖観世音
26番・聖観音
27番・十一面観世音
◆【御詠歌】 紅に 見るも正しき庭の梅 御法(みの)りの花の ひもぞ解けぬる
見正寺と寺の扁額/2013.4.17
 【写真上】は見正寺で真言宗の寺院である。県道30号の弘法山を左折すると程なく本堂の赤い屋根が見えて来る。境内南側には時代を経た山門【写真右】が建つ。背面は弘法山で、本堂後ろから伸びる細い道を上って行くと21番の観世音にたどり着く。少し南側には越辺(おっぺ)川が流れており、その南側には25番桜堂がある。寺は通常無住で21番が管理する。山門の横に札所順路板がある。
22番 能満山 見正寺
             <越生町 成瀬>

時代を経た見正寺の山門
◆【御詠歌】 岩谷の 山の階(きざはし) 動きなき 大慈の法りを 長くまもりて
現在は五大尊明王とつつじ園として名が通る。2013/5/3
 【写真上】は現在、五大尊明王堂とつつじ園として有名な観光地となっている。全山つつじで覆われ、4月下旬からの開花時期には大賑わいとなる。【写真右】つつじと百日紅に囲まれた赤い屋根の五大尊堂と山車蔵。かつて長徳寺は、山車蔵前の広場の所に建っていたが、明治期の廃仏毀釈により廃寺となり五大尊堂と僅かな石碑が残る。広場の右手には黒岩自治会館が建つ。札所順路板は今はない。
 また、黒岩地区の火の見櫓に使われていた半鐘には「岩渓山長徳寺」の銘があり、長徳寺の鐘が明治期に消防用に転用されて残存されているという(町役場資料)。
23番 岩谷山 長徳寺
             <越生町 黒岩>

長徳寺跡地にある地元の山車とお囃子
山車蔵は、毎年7月最終の土日に
祭礼があり、中の山車が出る。
5/3のつつじ祭りにはお囃子が披露された。
◆【御詠歌】 大慈山 朝日のぼるも常なくて あはれと告る 入相のかね
正法寺本堂と「大慈山」の扁額
 【写真上】は24番・正法寺で臨済宗の寺院である。八高線越生駅西口を出て県道30号に出ると越生七福神の恵比寿天を祀る法恩寺があり、その右手奥を上っていくと正法寺がある。寺の北側の山は「さくらの山公園」と呼ばれ地元の憩いの場となっている。また、山門右側には札所順路板が立っている。【写真右】は境内にあるお堂で、武蔵越生七福神の大黒天を祀る。
24番 大慈山 正法寺
             <越生町 越生>

越生七福神の大黒天を祀るお堂
◆【御詠歌】 朝日さす 夕日かがやく桜堂 庭の砂(いさざ)も 浄土なるらん
桜堂と25番の順路板
 【写真上】は25番の桜堂で、県内外でも有名な越生梅林の入口近くにあり、県道61号から北に入った下津久根地区に建つ。札所順路板も立っている。堂の奥に見える山は弘法山で21番や22番がある。【写真右】はその一本入った旧道で、お堂前には昔からの地蔵などの石仏や石碑が並んでいる。道を手前側に進むと梅林エリアに入り、抜けると27番最勝寺に行く。
25番 桜 堂
            <越生町 津久根>

桜堂前の石仏群
◆【御詠歌】 何ごとも おはぬ心の草木こそ あのくほ台の 花は咲きけり
花まつりで開堂した高蔵寺と寺の標札。2013.5.8巡拝
 【写真上】は26番の高蔵寺で県道61号の南側にあり、ちょうど梅林の南側に位置する。住宅と自治会館の間に細い参道があり、其の先を周るように上って行くと本堂がある。
 寺は無住で27番の最勝寺が本寺だが地域で管理される。この越生梅林の周辺には多くの入比観音札所が点在する。寺は毎年5/8にお堂が開けられ花まつりが行なわれる。
26番 如意山 高蔵寺
            <越生町 津久根>

境内から大高取山376mを望む
手前は梅林で正面は大高取山を望む。
◆【御詠歌】 何か思ふ 何かをなげく世の中は ただ朝顔の 花の上のつゆ
最勝寺本堂と満開のボタン。2013.4.17巡拝
 【写真上】は27番の青龍山 最勝寺で真言宗の寺院である。本尊は十一面観音。梅林の北西側を抜けた平地にあり鎌倉時代からの古刹である。【写真右】は山門で時代も古い。門前左には源頼朝公の祈願所という大きな標石が建っており、格式が高かった事が伺える。また、この地域は「木材の村」として木工業が盛んで、周辺には木工所や建具店が多くある。
27番 青龍山 最勝寺
             <越生町 堂山>

山門と境内に咲くモクレン
◆【御詠歌】 十方の 中にもわきて常し願ふ 夕日かがやく 弥陀の三尊
常願寺跡地に残る江戸時代からの石仏
 【写真上】かつて28番の常願寺があった日向地区の跡地に残る石仏で、文政二年…の字が読める。寺は廃仏毀釈で廃寺となり、しばらく無住であったが大正時代、本寺の最勝寺が焼失した際にこの寺の部材が本堂として今も使われている。その後常願寺は仮住まいが建てられたが、平成初期頃に一般のお宅として手直しされ使われている。しかし屋根は当時のままだという。【写真右】は跡地のある山合いから西側の飯森山を望む。家並みの手前には上殿川が流れており、静かな山里の清流と成している。
28番 慈眼山 常願寺(廃寺)
     <越生町 上谷(かみやつ)字日向>

跡地から南側に見える一景
山の中腹には大木「上谷の大楠」がある


札所15番〜21番札所29番〜33番
都幾山 女人堂