◆山形地方に点在する 最上三十三観音霊場と御朱印や御姿などを紹介しています。<p6/7> 札所26番〜30番
【写真上】は最上26番・川前観音堂と「観世音」の扁額。高台に建つお堂の前や石段は狭いので、大勢での参拝は危ない。縁起に寄ると慈覚大師が東国を巡錫中、この地の疫病退散を願い、彫った観音を祀った事に始まり、幾多の戦いに翻弄され、明治以降、地元の により堂の管理・朱印を守っている。
【写真右】は、高台の観音堂から見た最上川で、川はこの辺で左から右に大きくカーブしている。そばを通るのは県道30号で最上川を渡り直ぐ西に曲がると川前観音の案内板と朱印所の案内がある。




















池のようだが最上川のカーブ地



【写真上】は最上27番・深堀観音堂と「一足観音」の扁額。ちょうど参拝時に、運良く堂内で朱印が頂けたが、この日は大勢の参拝予約があるため堂内に書き手が居た。通常は当番制で案内板の朱印所となる。縁起に寄ると、観音像は平安時代からのもので、数多の変遷を経て今は秘仏として屋根裏に安置と云う。
【写真右】は、堂内に奉納されているいろいろな板絵額で、巡礼時や物語などが掲げてあり、みな古いものである。ここは26番の川前から県道30号を南下し、最上川を渡り1kmほど進んだ道路沿いにある。




















堂内に掲げられた奉納額の数々



【写真上】は最上28番・曹源院と寺名の扁額。正面が観音堂で右手の曲り屋が庫裏となっている。庫裏内は、急な階段、クリート式の屋内配線、土間や調度品などが時代を感じさせる。縁起に寄ると、観音像は平安時代、23番六沢観音や25番尾花沢観音の観音像と同じムクの大木から彫られたと云う。また寺は幾多の火災に遭い観音像にも焼け跡が残り、今は秘仏で、御前立には1mの千手観音が立つ。
【写真右】は、境内の洗心池で、木や石の配置が面白い。寺の周囲には何軒もの蕎麦店があり、名物の「板そば」が味わえる。























石を配した境内の池



【写真上】は最上29番・西光寺観音堂と「正観音」の扁額と御詠歌の扁額。縁起に寄ると最上川で釣りをしている時に波間に観音様を発見し、川に浮かび上がった大木で堂を造ったと云われる。観音堂は火災となり1873年の再建という。
【写真右】は、西光寺山門と朱色に塗られた4mもの金剛力士のあ像で、口が開き、右手に剣を左手に経典を持っているが、愛嬌のある顔と朱色の肌が遠くからも目立つ。また近くには有名な団子店があり、餡はどれもたっぷり付いていて美味しい。平日でも客多し。























山門とカラフルな金剛力士像



【写真上】は最上30番・丹生村観音堂と「鷹尾山」の扁額。この地域は道路が狭く迷いやすい。朱印所から木々に囲まれた石段を上ると観音堂がある。縁起に寄ると、巡錫中の僧侶がこの地で入寂の折り、念持佛の観音像を祀った事に始まる。明治期の神仏分離令の時には、観音堂は拝殿として使われていた。その後最上観音霊場として復活したと云う。【写真右】は朱印所から観音堂への石段。木々の間から集落や田んぼが見渡せる。周囲には、徳良湖やキャンプ場、温泉などがある。朱印管理は、観音堂の参道わきの民家で行っている。
















観音堂への石段と奉納幡が立ち並ぶ