◆神奈川・東京・埼玉・千葉に点在する 関東三十六不動霊場と御朱印や御姿などを紹介しています。<p3/6> 札所13番〜18番
















 

【写真左上】は13番・南谷寺不動堂と「目赤不動尊」の扁額。お堂の左右にはあうんの獅子寺は江戸五色不動の霊場で目黒・目白・目赤・目青・目黄が2ヶ寺で6ヶ所となる。縁起寄ると1616年開創といい、当初は赤目不動と称していたが将軍家光公鷹狩りの折り他の目黒のように目赤にと呼ぶようにとの上意から今に至る。
【写真上】は南谷寺本堂で、右手には庫裏があり朱印を頂く。文京区には数多くの寺院画あり、寺前の本郷通りには隣りの定泉寺を始め8ヶ寺もの江戸33観音や御府内88ヶ所の札所が点在する。また北に向かうと六義園、南に向かうと後楽園等がある。また白山5丁目には、2番・道了尊の最乗寺東京別院もある。















 

【写真左上】は14番・金乗院不動堂と「目白不動堂」の扁額。縁起に寄れば目白不動尊は昭和20年、少し離れた所に建つ新長谷寺にあったが、戦災で焼失しその後金乗院に合祀され、本堂右手の高台に建つ不動堂に安置された。また裏手の墓地には、丸橋忠弥や青柳文蔵など著名人が眠っている。また東側にある根生院はご府内88ヶ所35番の札所である。
【写真上】は金乗院本堂で、聖観世音金銅仏を安置する。また本堂前には寛文年間に立てられた不動明王の法形を表すとした倶利伽羅不動庚申の石像も立つ。寺は都電荒川線の学習院下から近いが周囲は坂が多い。














 

【写真左上】は15番・宝仙寺と「明王山」の扁額。本堂左手には三重塔や御影堂が建ち、右手の大師堂で朱印等を受ける。縁起に寄ると鎌倉時代、大宮八幡宮の管理寺として源頼家の創建とされ、陣中護持していた不動明王を安置したと云う。
【写真上】は宝仙寺山門で左右にあ・うんの金剛力士像が安置。寺は青梅街道沿いの中野坂上近くで参道前に交差点がある。参道には夏祭りの時期、神輿が出て大勢の人で門前が賑わう。また三重塔の左手には石臼塚がある。これは江戸時代、この地域には蕎麦屋が多く皆石臼でひいていたが、機械化により石臼が沢山捨てられたのを見て、石臼塚を建て供養したと云う。
















 

【写真上】は16番・教学院不動堂と「不動明王」の扁額。不動堂の左手奥にはひっそりと建つ本堂があり上品阿弥陀如来を安置する。しかしほとんどの参拝者は目青不動尊で名高い不動堂がお参りの主となる。縁起に寄れば当初寺は江戸城内にあったが、赤坂、青山と何度も移転したり火災に見舞われたりし、明治41年より今の場所になったと云う。この不動明王の脇侍は閻魔と奪衣婆である。
【写真上】は東側入口周辺に咲くアジサイの群生。寺は東急世田谷線の三軒茶屋駅から数分の近さである。周辺には大学を始め多くの学校もあり、若者を意識した色々なshopも楽しめる。

















 

【写真左上】は17番・明王院と「瀧轟山」の扁額。寺は、満願寺別院とも称される。毎月28日は不動の日で境内で催し物が開催され大勢の参拝者が訪れる。境内は多くの大木があり、適度な日影となり涼しい。お堂右手には喫茶室もあり一息つける。また左手には下に降りる道があり、等々力渓谷散策路となる。東急大井町線 等々力駅から渓谷の散策路に下り川に沿って南へ進むと不動尊の下に着く。しばし周囲の喧騒を忘れる。
【写真上】は明王院山門で、目黒通り西側に面し環状8号も近い。近くには野毛大塚古墳を擁する玉川野毛町公園や目黒通りを下って行くと多摩川の堤へ続く。
















 

【写真左上】は18番・瀧泉寺不動堂と「泰叡山」の扁額。山門を潜ると正面に40段ほどの石段があり、その上に彩色を帯びた不動堂が建つ。石段下の境内には、観音堂や地蔵堂、水掛け不動等もある。一角には見上げるような鈴懸の大木が鎮座しそばに藤棚もある。縁起では、808年の創建で将軍家光公の時代、目黒不動を中心に江戸五色不動が出来たと云う。
【写真上】は、境内右手に建つ阿弥陀堂で、その正面右側に御朱印所があり関東36不動を始め江戸観音33番や江戸五色不動尊等の御朱印が授与出来る。少し北側には酉の市で有名な大鳥神社もある。また西側には約12haの広大な林試の森公園もある。