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◆児玉町から美里町、本庄市、神川町などに点在する児玉三十三霊場を紹介しています。<29番から33番> |
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【 御詠歌 : まん月の 月をみたてし 明鏡に みたまうつせし 光福の寺 】 |
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【写真右上】は29番・光福寺で、児玉町宮内にあり31番・長泉寺の住職によって開山されたという。当時の針形城主北條氏の発願による開創である。昭和49年に本堂改修のとき、本尊の真下にある小円墳より606個の経石(お経が書かれている石)が出土し祀られているとか。また「米つき地蔵尊」を始め民話の寺でもあるという。参道からは周辺の山々が眺望出来る。さらに本堂左手の斜面にはシランを始めいろいろな花木があり、散策も楽しい。
【写真左】は境内から見る自然と向こうには横隈山を望む。 |
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【 御詠歌 : みほとけの 宝の玉を たずぬれば 心の渕に 龍ぞいだける 】 |
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【写真右上】は、30番・寳玉山 多聞院 渕龍寺と称し真言宗の寺院で、児玉町金屋地区にあり、本尊・虚空蔵菩薩を安置する。縁起によると、かつて三峰神社が御維新真言宗の修験道場だった頃、この寺より住職を送った由緒があることより格式が高かった時代もあった由。境内には、児玉飛行場関係部隊の鎮魂の碑が建っている。
【写真左】は山門で、山号と寺号の二つの扁額が掛けてある。やや高台にあるので南側が開けて眺めが良い。東側には拡幅された県道44号が通っている。 |
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【 御詠歌 : 峯の松 永遠の願いや 深くして 法(のり)の泉に 藤の花寺 】 |
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【写真右上】は、31番・大用山 骨波田龍洞院 長泉寺で曹洞宗の寺院である。児玉町高柳にあり本尊・釈迦牟尼如来を安置。縁起によると、文明年間に上州平井城主が開基と言われている。
【写真左】二階層の楼門は重厚で年代を経ており、左右に「あ・うん」の像を安置。寺は児玉地方の民話の材料を提供しているとか。また曹洞宗修行道場の名刹である。境内の藤は「骨波田の藤」としても有名で、東国花の寺百ヶ寺17番札所にもなっている。 |
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【 御詠歌:有難や 衆生のために 地蔵尊 救いのお慈悲 地持(じじ)の山々】 |
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【写真右上】は、32番・地持山 光福寺で真言宗の寺院である。縁起によると、長禄三年に開創したが弘化三年に火災、次の年に再建されたが、大正九年に落雷のため、本堂など一山焼失により宝物など一切が失われたという。雨乞い行事として、横畑百万遍供養が伝わっている。札所31番の長泉寺から、小山川沿いに15分程南下すると右手の川向うに寺院が見えてくる。そこからもう少し南下すれば秩父に入る。
【写真左】は光福寺の山門で、太い脚門と開閉扉が付く。 |
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【 御詠歌 : やすらぎの この霊山に たどり来て 観音大師に 話すわが身を 】 |
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【写真右上】は33番・金鑚(かなさな)山 大光普照寺で、天台宗の別格本山にして聖徳太子の創建と云われる。縁起によれば、かの慈覚大師が入山十一面観音を安置し、天台宗として開基となった。その後慈恵大師がこの地に巡錫の折り、自身の像を奉安したことにより元三大師の寺として世に知られることになった。また鎌倉時代には談林(僧侶の学問所)も開設されて学徒の勉学がなされている。
【写真左】は荘厳な朱塗りの山門で、左手前には金鑚山元三大師の標石が建つ。大光普照とは、十一面観世音を指す。 |
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