◆神奈川・東京・埼玉・千葉に点在する 関東三十六不動霊場と御朱印や御姿などを紹介しています。<p6/6> 札所31番〜36番



















 

【写真左上】は31番・弥勒密寺と「光岩山」の扁額。東北道岩槻ICからも5分位と近く、通称・岩槻大師と称する。朱印は、五大明王の梵字で、不動を中央に、東方は降三世、南方は軍荼利、西方は大威徳、北方は金剛夜叉の各明王を表す。縁起に寄ると開創は774年で弘法大師生誕と同じと云う。内陣には地下霊場があり、手探りで四国お砂踏み遍路ができるというもの。また地下霊場は9番の玉川大師にもある。
【写真上】は山門で、岩槻大師と書かれた大きな提灯が下がる。門前には関東不動ののぼり幡が立ち並ぶ。少し東に進むと岩槻城址公園がある。











 

【写真左上】は32番・最上寺と「普和山」の扁額。駐車場からの石段両脇にはあうんの金剛力士石像が建つ。本堂内陣での参拝時には住職の法話を聞けるかも。庫裏右手の石段上には観音堂や寺所縁の役行者を祀る神変堂、新勝寺から招来した不動明王の石仏もある。
【写真上】は境内に一般的な地蔵尊や微笑ましい地蔵尊、供養塔等が奉安されている。また左の童子の背景は赤の菩提から紫の涅槃を表し、寺は千葉県の札所となる。国道465号沿いの岩瀬地区にあり、1kmほど西に進むと浦水道に出て大貫海浜公園や旅館、寿司処も揃う。更に北に澄めば、東京湾に張り出す富津岬も近い。















 

【写真左上】は33番・大聖院不動堂と「妙高山」の扁額。不動堂は本堂左手の奥にある凡そ80段の急な石段を上がった所に建つ。お堂は弁柄色をしており、向背や柱の彫り物が目立つ。海抜約120mの不動堂を背にすると太平洋が望める。かつて不動堂が山頂にあった時、ここの灯りが漁船の目印となり漁業安全や交通安全として信仰を集めたと云うが、修理中に火災となり、S36年に今の場所に建てた不動堂が現在に至る。
【写真上】は大聖院の本堂。手前の長い参道には前不動と呼ばれる小さな祠があり、昔高塚山頂の不動参拝が困難な人たちの為に地元有志が安置したとある。












 

【写真左上】は34番・宝勝院不動堂と「明王閣」の扁額。寺は安土桃山時代の創建と云われる。不動堂右手には薬師堂が建ち、ぼけ除け薬師如来を祀る。その奥に六脚の山門と本堂、庫裏が建ち、本堂には釈迦如来が安置されている。寺の北東側には万木城址公園もあり歴史探索ができる。
【写真上】は、不動堂内に掲げられている扁額と烏天狗や赤い天狗の奉納額や彩色されたの龍の欄間も見所である。寺は国道465号の苅谷にあり、JR五井駅からのんびり いすみ鉄道国吉駅までの車窓も捨てがたい。国吉駅からは2〜3分で寺に着く。鉄道の途中には養老渓谷駅があり、ハイキングも良い。

















 

【写真左上】は35番・大聖寺不動堂と「波切不動尊」の標石碑。狛犬や標石碑はかなり時代を経ている。縁起に寄ると、本尊は波切り不動と呼ばれ、1240年代に地元の漁師の妻が海藻漁をしている時、海中から発見し安置した事に発するとある。不動堂は茅葺、寄棟づくりで室町時代の創建と云われる。建物が傷んでいるようでお堂の中での参拝は不可である。
【写真上】は不動堂手前にある大聖寺堰と云う溜池と石段右手に手水場がある。大聖寺と庫裏は不動堂境内を通り越した直ぐ奥側にある。またいすみ市だけで大小220余りの堰(溜池)があり千葉県一多いと云う。











 

【写真左上】は36番・新勝寺と「成田山」の扁額。本堂は、入口総門の重厚さに比べすっきりしている。山内は総門を始め多くの伽藍が立ち並び、広い境内もアップダウンがあり散策もかなり歩く。門前には多くの土産物店が並び参道は人多く外国人もかなり見掛ける。
【写真上】は左側から、三重塔と一切経堂、右は平和の大塔で三重塔らは本堂右手に建ち、平和の大塔は本堂裏手の奥ノ院の先に建つが、こちらに関東不動の朱印所がある。大塔は高野山の根本大塔を思わせる。高野山の方は大日如来の立体曼荼羅だが、成田山大塔は不動明王を中心の立体曼荼羅が安置されている。

最後までご覧頂きありがとうございます